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|富士さんとわたし 手紙を読む



山田稔 著、編集工房ノア、2008

状態:優

目次:
 はじめに
 はじめての手紙
  富士家初訪問(一九五四年四月)
 富士さんとわたし
  手紙を読む
 一(一九五六〜五九年)『贋・久坂葉子伝』の書評(山田)をめぐって、「年末予想遊び」
のこと
 二(一九五九〜六〇年)「VIKING」乗船まで、沢田閏のこと、人文研の助手となる、沢田と富士家を訪問、「VIKING」例会発出席、同人となる
 三(一九六〇年)「日本小説を読む会」および「会報」のこと、富士の「会報」への寄稿始まる、荷風について、「責任ある無責任」、「天井裏の決闘」、山田の野間宏論と松本清張論、「よむ会」と「VIKING」の交流
 四(一九六一年)『風流夢譚』をめぐって、「酔中小信」、桑原行子の葬儀、富士に老眼鏡を贈る、「小川未明論」(山田)のこと
 五(一九六一年、つづき)荒井健と友人往来、竹内実の「一夜の宿」批判、埴谷雄高の「あなたはわたし」絶賛、富士の埴谷雄高観、「君子ばなし」、「田舎ずまい」
 六(一九六一年、つづき)山田のバルザック研究のこと、いいだ・ももの大長篇を話題に埴谷雄高をかこむ、「ある「オヤジとワタシ」の物語」(山田)、富士式痔の治療法、「小説がむつかしくて困る」
 七(一九六二年)「のんしゃらん」を「VIKING」へ、富士の大酒と「おれの人生はつまらない」、『20世紀を動かした人々』、「VIKING」の野球好き
 八(一九六二年、つづき)「会報」二十五号記念号出る、武部利男の「祝辞」と富士正晴の「広津和郎にものを聞く会の乱雑な司会記」、『大衆芸術家の肖像』 で苦労すること、山田の追分合宿と「チャップリン」
 九(一九六二〜六三年)山田家に男子誕生、「お経の会」のこと、高橋和巳『悲の器』の文芸賞受賞と祝賀会のいきさつ、山田流「討論」記録術、「学長の認証官昇格」
 十(一九六三年)『ガリヴァー旅行記』を読む、「グロテスクの世界」(山田)とその反響、「VIKING」子爵の称号を授けられる
 十一(一九六三年、つづき)『贋・久坂葉子伝』をめぐって、富士、自作を語る、一枚の写真、「VIKING」の「がらくた百科事典」と「数え歌」、富士、京都女子大で講演をする
 十二(一九六四年)畔柳二美のこと、「スカトロジア」の単行本化、「運幸亭先生に捧げる文章」(ヘトベン)、電話騒動、帝釈峡での珍事、「会報」五十号記念号への富士の祝辞
 十三(一九六五〜六年)京大人文研を去る、痔の手術、富士正晴文人画展(東京)、 『スカトロジア』の出版と「VIKING」での合評会の記録、フランスへ
 十四(一九六六〜六七年、在仏)危うく飛行機事故を免れる、フランス熱の温度差、病院に佐々木康之を見舞う、パリの印象、イタリアとブルターニュの旅
 十五(一九六七〜六八年)フランスより帰る、「会報」に富士の「三枚半」の連載はじまる、「魯迅と私」、「会報」の佐々木康之の文章、「禁欲の思想」
 十六(一九六八〜六九年)『桂春団治』の毎日出版文化賞受賞、富士と酒、『幸福へのパスポート』(山田)と富士の感想、富士の大学生観
 十七(一九六九年)京大の学園紛争と山田のハンスト、富士年子らにフランス語を教える、「死んでよかった」、<編集者泣かせ>の富士の小説
 十八(一九六九年、つづき)「会報」百年記念号と「一〇〇号」、富士流「学問の方法」、「三枚半なり、三枚半」、『八方やぶれ』について
 十九(一九七〇年)富士家の正月、杉浦明平『椿園記・妖怪譚』について、「紙魚の分際」、大阪万博のユーウツ
 二十(一九七〇年、つづき)「慎介の恋」、島田貞彦のこと、汲取りの爽快さ、<怒りの季節>の終り、「三枚半」の連載中止
 二十一(一九七一年)富士の「いきがい」、高橋和巳の死、山田 富士家で泥酔する、白崎禮三の詩集を編む、同姓同名さわぎ、廣重聰『わが町』について
 二十二(一九七二年)『白崎禮三詩集』の出版、「杭は残る」、山田の『教授の部屋』と『選ばれた一人』、上山春平のこと、同姓同名調査報告、『往来記』と司馬遼太郎の跋文
 二十三(一九七二〜三年)桑原家の新年パーティー、「会報」百五十号記念号と飯沼二郎の「高橋和己の思い出」、福田紀一『失われた都』の出版、「誰だ、おまえは」(山田)といたずら電話の話
 二十四(一九七三〜七五年)『ヴォワ・アナール』(山田)と小沢信男の書評、富士夫人の入院、桑原先生の古稀祝い、小川国夫のこと、『旅のいざない』(山田)と編集者高橋正嗣のこと
 二十五(一九七六年)「文芸時評」と藤枝静男との対談、教育者富士正晴、「文芸」の一頁時評、アレーの『悪戯の愉しみ』について、金芝河『糞氏物語』と「糞氏の思想」(山田)
 二十六(一九七六年、つづき)「あひるのドナサン」について、「優しい男たち」(山田)、水谷昭夫の文章、『ごっこ』(山田)、「こころならずも…」、「きばをむけ」(一頁時評)、山本夏彦と竹内好
 二十七(一九七七年)「竹林一賢日記」、編集者中島大吉郎のこと、「玉山倒壊」と「日日切羽」、富士家での佐々木と山田、ふたたびフランスへ
 二十八(一九七七〜一九七八年、在パリ)コールマルタン街に住む、富士家の正月、富士 中国旅行への招待を断る、「会報」二百号記念号と「勇躍文章」、エミール・ゾラ街へ移る、作田夫妻と会う
 二十九(一九七九年、在パリ)ラング・ゾーでの講義、大槻鉄男の訃報に接す、「VIKING」同人たちと会う、「形而下的なパリ」への関心、帰国
 三十(一九七九〜八〇年)大槻鉄男作品集の編集、富士の詩「痛辛」、富士と矢野暢、『心せかるる』について、大槻鉄男『樹木幻想』の出版
 三十一(一九八〇〜一九八一年)作家折目博子のこと、『どうなとなれ』の解説(山田)、『ビジネスマンのための 文学がわかる本』が出来上るまで、青山光二『われらが風狂の師』の書評をめぐって
 三十二(一九八二年)富士家の正月、『コーマルタン界隈』(山田)受賞を祝う会のこと、授賞式のエピソード、『詩人の魂』(山田)、「厭な感じ」、富士のフランス語学習欲、武部利男の死
 三十三(一九八二年、つづき)「会報」二百五十号記念号と富士の「祝辞」、『せいてはならん』と「残生をみつめつつ」、前田純敬のこと、メグレ警部への関心、「よむ会憲法九条」のこと
 三十四(一九八三年)富士家の正月、埴原一亟『人間地図』について、「マルクスと私」(インタビュー)、山田の新聞コラムについて、「春の風景」(阿部慎蔵)と「一本と一合」(北川荘平)、「軽みの死者」、「今を語る」(インタビュー)
 三十五(一九八四〜八五年)富士家の正月、『榊原紫峰』の連載始まる、小島輝正『ディアボロの歌』、法然院貫主橋本峰男の死、富士 古稀を迎える、八五年の富士家の正月、『恋文』とその「後書」について、「何もわからん」と「もう書くのも大きらい」
 三十六(一九八六〜八七年)富士の東京移住、「東京蟄居」、東京での日々、折目博子の死と瀬戸内寂聴、茨木の自宅にもどる、関西大賞受賞、執筆意欲の復活、七月十五日
販売価格 3,000円(税込)
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